
《タイトル》
「飛天(ひてん)」
《サイズ》
P8号(455 × 333 mm)
《作品内容》
UFOのシルエットに御所車、菊、波に片輪車、有栖川紋様。
出来るだけ遠くに行くために乗り物は変化して、いつしか時空を越えてやって来る。
第二十七回目
『瑞兆のセレンディピティ』
「未来」とは、文字通り「未だ来らず」まだ訪れていない時間のことである。これから実現する状況から、未来永劫に続く時間軸まで、その射程は広い。
似た言葉に「将来」があるが、両者の間には微妙な距離感の差がある。将来は「まさに来たらんとする」時間、すなわち現在の延長線上にある、ある程度予測可能な近い未来だ。「将来の夢」や「将来どうなりたいか」と問われるとき、私たちは自分の意志や努力によって手が届く範囲の時間を思い描いている。対して未来は、より遠く、より広い。「地球の未来」「未来都市」そこには個人の意図を超えた、茫漠とした時間の広がりがある。
文化人類学者のマーガレット・ミードはかつてこう言った。「未来とは、今である」と。遠くにあると思っていた未来は、実のところ今この瞬間の行動と選択の積み重ねによって形づくられている。過去は変えられず、未来は予測できない。私たちが確実に手にしているのは「今」だけだ。どんなに大きな目標も、今ここでの小さな一歩から始まる。そして幸いなことに、過去へは戻れないが、未来へは必ず行ける。
未来を育てる上で大切なのは、最初からこうあるべきと決めてしまわないことかもしれない。いろいろ試し、失敗し、また試す。そうして最終的に理想の形が浮かび上がってくる。その変化と過程を楽しむことが、誰にも真似できない自分だけのオリジナリティを育てていく。
人は選択をし続けながら判断能力を磨き、人生という旅を歩んでいる。肉体はいつか滅びる。しかし精神や魂は、何らかのかたちで残り、それに気づいた者へと静かに伝承されていく。
翻って、未来の人間の仕事とは何だろうか。お金を稼ぐことよりも、人を助け、励まし、褒めて勇気づけること、そこに本質があるのではないか。いや、それはむしろ「生きることの本質」そのものかもしれない。そのためには真心と信念、凛とした眼差し、自分なりに追求した正しさ、礼節と信頼、そしてホスピタリティが求められる。
今と共に、私たちは変わっていく。未来もまた、いくらでも変わる。星の数ほど広がるその可能性は、いつでも煌めきながら私たちを待っている。
東園基昭 拝