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【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.9.26】
《タイトル》「龍九子(りゅうきゅうし)」 《サイズ》M3号(273 × 160mm) 《作品内容》数字の「9」のシルエットに、龍と、龍の子紋様。 第四十二回目『待月のNine Gates』 秋も深まり、実りの気配が濃くなってきた。九月も末ということで、今日は「九」という数字を軸に巡ってみたい。 まず、かけ算の暗唱法を「九九」と呼ぶのはなぜか。現代の日本では「いんいちがいち」から始まるが、この呼び方が生まれた古代中国では、九の段の「九九八十一」から唱え始めるのが常だったという。当時、計算術は役人など特権階級の秘技であり、あえて難解な大きな数から入ることで、庶民が容易に習得できぬようにしたとの説が有力である(※諸説あり)。時代が下り13〜14世紀頃に九九が庶民へ広まると、唱える順は覚えやすい一の段からへと変わったが、名称だけは「九九」のまま残った。『万葉集』にはこの九九を暗号のように用いた歌もあり、「八十一」と書いて「くく」、「十六」と書いて「しし(獣)」と読ませる洒落が見られる。数字の裏に別の意味を忍ばせる、知が遊びへと昇華した好例といえよう。奈良の都でも、人々はこうした謎解きを肴に、灯りの下で夜長を語らっていたのだろうか。 九が重なると書いて「九重(ここのえ)」ということばがある。これは物が幾重にも重なる様、転じて宮中そのものを指す雅語である。古代中国の王城の門が九重に構えられていたことに由来し、日本の和歌にも受け継がれた。『源氏物語』賢木帖で藤壺が詠んだ「九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな」は、手の届かぬ存在への慕情を宮中の霧に重ねた一首。幕末には薩摩藩士・桐野利秋が「九重の 雲をはらいて やがてまた 晴れし都の 月をみるべき」と詠み、混迷の世に平和な都を取り戻す志を月に託した。同じ「九重」という言葉が、時代を隔てて全く異なる心を映すところに、言葉の懐の深さを思う。月を見上げる場所は違えど、誰もが遠い誰かを思って夜空を仰いだのだろう。 数の縁はさらに龍へとつながる。「龍生九子」は、龍が生んだ九匹の子がそれぞれ異なる姿と得意分野を持つという伝説である。亀に似て重荷を担う贔屓、遠くを望み火除けとなる螭吻、殻を閉じて家を守る椒図、鳴き声を好み鐘の上に彫られる蒲牢、香を好み炉の足を飾る狻猊など同じ親から生まれても、九者九様の個性がある。この寓話は、才能や役割の違いをそのまま受け入れる知恵としても読める。一人ひとりが違う得意を持ち寄ってこそ、全体としての強さが生まれるのだろう。 九九、九重、龍生九子、いずれも「九」という同じ数を通して、掛け合わせ、積み重ね、分かち合うことの豊かさを教えてくれる。一人の力は小さくとも、日々の小さな積み重ねや、異なる者同士の掛け合わせによって、思いがけない大きな実りへと育っていく。 今日という一日に何を一つ積むか。その小さな選択が、いずれ九重の空にも届くような、大きな実りへと育っていく。秋の実りのように、皆さまのもとに沢山の幸せが降り積もりますように。東園基昭拝[余談] タイトルの「Nine Gates(九つの門)」は、麻雀の役「九蓮宝燈(チューレンポウトウ)」の英訳で、他に「Heavens Door(天国の扉)」とも呼ばれています。数牌1種類だけで作る美しくも出現率約0.0005%である最高峰の役満 (やくまん)ですが、その名称は、中国の伝統文化にある「蓮華灯(れんげとう)」という明かり(宝燈)に由来し、端正で美しく並んだ牌の構成がそれに似ていることから名付けられました。また、別名の「天衣無縫(てんいむほう)」は、少しの隙間や手直しもない完璧な美しさを表しています。
【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.9.26】
《タイトル》「龍九子(りゅうきゅうし)」 《サイズ》M3号(273 × 160mm) 《作品内容》数字の「9」のシルエットに、龍と、龍の子紋様。 第四十二回目『待月のNine Gates』 秋も深まり、実りの気配が濃くなってきた。九月も末ということで、今日は「九」という数字を軸に巡ってみたい。 まず、かけ算の暗唱法を「九九」と呼ぶのはなぜか。現代の日本では「いんいちがいち」から始まるが、この呼び方が生まれた古代中国では、九の段の「九九八十一」から唱え始めるのが常だったという。当時、計算術は役人など特権階級の秘技であり、あえて難解な大きな数から入ることで、庶民が容易に習得できぬようにしたとの説が有力である(※諸説あり)。時代が下り13〜14世紀頃に九九が庶民へ広まると、唱える順は覚えやすい一の段からへと変わったが、名称だけは「九九」のまま残った。『万葉集』にはこの九九を暗号のように用いた歌もあり、「八十一」と書いて「くく」、「十六」と書いて「しし(獣)」と読ませる洒落が見られる。数字の裏に別の意味を忍ばせる、知が遊びへと昇華した好例といえよう。奈良の都でも、人々はこうした謎解きを肴に、灯りの下で夜長を語らっていたのだろうか。 九が重なると書いて「九重(ここのえ)」ということばがある。これは物が幾重にも重なる様、転じて宮中そのものを指す雅語である。古代中国の王城の門が九重に構えられていたことに由来し、日本の和歌にも受け継がれた。『源氏物語』賢木帖で藤壺が詠んだ「九重に 霧や隔つる 雲の上の 月をはるかに 思ひやるかな」は、手の届かぬ存在への慕情を宮中の霧に重ねた一首。幕末には薩摩藩士・桐野利秋が「九重の 雲をはらいて やがてまた 晴れし都の 月をみるべき」と詠み、混迷の世に平和な都を取り戻す志を月に託した。同じ「九重」という言葉が、時代を隔てて全く異なる心を映すところに、言葉の懐の深さを思う。月を見上げる場所は違えど、誰もが遠い誰かを思って夜空を仰いだのだろう。 数の縁はさらに龍へとつながる。「龍生九子」は、龍が生んだ九匹の子がそれぞれ異なる姿と得意分野を持つという伝説である。亀に似て重荷を担う贔屓、遠くを望み火除けとなる螭吻、殻を閉じて家を守る椒図、鳴き声を好み鐘の上に彫られる蒲牢、香を好み炉の足を飾る狻猊など同じ親から生まれても、九者九様の個性がある。この寓話は、才能や役割の違いをそのまま受け入れる知恵としても読める。一人ひとりが違う得意を持ち寄ってこそ、全体としての強さが生まれるのだろう。 九九、九重、龍生九子、いずれも「九」という同じ数を通して、掛け合わせ、積み重ね、分かち合うことの豊かさを教えてくれる。一人の力は小さくとも、日々の小さな積み重ねや、異なる者同士の掛け合わせによって、思いがけない大きな実りへと育っていく。 今日という一日に何を一つ積むか。その小さな選択が、いずれ九重の空にも届くような、大きな実りへと育っていく。秋の実りのように、皆さまのもとに沢山の幸せが降り積もりますように。東園基昭拝[余談] タイトルの「Nine Gates(九つの門)」は、麻雀の役「九蓮宝燈(チューレンポウトウ)」の英訳で、他に「Heavens Door(天国の扉)」とも呼ばれています。数牌1種類だけで作る美しくも出現率約0.0005%である最高峰の役満 (やくまん)ですが、その名称は、中国の伝統文化にある「蓮華灯(れんげとう)」という明かり(宝燈)に由来し、端正で美しく並んだ牌の構成がそれに似ていることから名付けられました。また、別名の「天衣無縫(てんいむほう)」は、少しの隙間や手直しもない完璧な美しさを表しています。
Jordan Brand x MOWALOLA 販売に関するご案内
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