【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.5.2.】

【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.5.2.】



《タイトル》
「鳳梨(ほうり)」

《サイズ》
S0号(180 × 180mm)

《作品内容》
パイナップルのシルエットに、桐に鳳凰、亀甲紋様、背景は波の丸紋。


第二十三回目
『吉祥を纏う』

 吉祥文様とは、もともと「祈りのかたち」である。古来、人は絵や紋様に願いを託し、衣や調度品を通じて日常の中に「良いもの」を取り込もうとしてきた。現代においてその感覚は失われたように見えて、実はそうでもない。お気に入りのグラフィックTを選ぶとき、ジャケットの裏地の柄に目が止まるとき、何かに引き寄せられる感覚は、祈りと地続きではないだろうか。ファッションとは、何を纏うかの選択であり、同時に何を引き寄せたいかの表明でもある。
 パイナップルの漢語表記は「鳳梨」という。英語の"pineapple"という名は、松かさ(pine cone)に形が似て、リンゴ(apple)のように甘酸っぱいことに由来する。松は一年中緑を保つ常緑樹であり、日本では不老長寿・繁栄・神が宿る神聖な木として古くから愛されてきた。つまりパイナップルは、その名の中にすでに吉祥を内包している果実なのである。南国で育ち、波を越えてはるばる運ばれてくる、遠くから福が届くという感覚は、どの時代の人間にも刺さる普遍的な喜びだ。
 作品の松の皮に見立てた亀甲紋様は、正六角形を隙間なく並べた文様で、「長寿・繁栄・不変の強さ」を象徴する。注目すべきは、これが自然界で最も頑丈なハニカム構造と同一であるという事実だ。美しい紋様が、同時に最強の構造でもある。日本の意匠には、そういった「意味と機能の一致」が随所に宿っている。
 桐に鳳凰は、日本で最も格の高い吉祥文様のひとつである。鳳凰は「聖人が世に出るときに現れる」とされる伝説の瑞鳥であり、神聖な桐の木にのみ宿ると言い伝えられてきた。鳳凰が現れるのは、良い時代が来る予兆とされてきた。それは単なる縁起担ぎではなく、「世界が良くなっていく」という希望の象徴だったのではないか。閉塞感のある時代に、あえてこの紋様を選ぶのは、そういう願いがあるからだ。
 吉祥文様は、博物館の中にあるものではない。日常に取り込んでこそ、意味を持つ。
 身近にある紋様は、あなたに小さな吉兆が宿ることを願っている。


東園基昭 拝


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