【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.1.17.】

【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.1.17.】




第七回目
『覇気のファッション』

 「新衣(にいごろも) たちゐになれず ともすれば かざりの玉の こぼれけるかな」

 明治20年(1887年)1月17日に、明治天皇の皇后である昭憲皇太后が婦人の洋装を奨める思召書(おぼしめしがき)を伝達した。
 これは殖産興業の一環として国産の洋服地の使用を促し、近代化を推進する上で重要な役割を果たし、皇室が率先して西洋化を取り入れることによって、国民の生活様式や産業にも影響を与えた象徴的な出来事だったそうだ。

 この御歌(みうた=和歌)の意味は「新しい衣を身につけると、立つにも座るにもまだ慣れていないないから、美しい飾りの玉がこぼれ落ちてしまいそうになる」と、当時和装が主流であった女性たちが洋装の着こなしに戸惑いがあったことを、自らも新しい装いでの公務に慣れていない様子に重ねて表している。
 また「洋装に馴染めないことは、昔の十二単のような豪華な美しさが、まるで飾り玉がこぼれ落ちるように消えていくようだ」という表現でもあり、失われゆく美しい伝統文化への愛惜が入り混じった心情と、新しい時代へ適応しながら強くたくましく生きていく決意が感じられる。
 激動の中で、なるべく国産品を用いるように努め、製造の改良や技術の進歩を導けば、商売にも益を与えることになり、さらに新しい要素を取り入れることによって無益な費を避けられ、それと同時に人々がTPOに応じた服装を互いに心がければ、真のグローバル化の目的を達するであろうといった考えは現代にも通ずると思う。

 「ことほぎ(寿ぎ)」とは、言葉を使って相手の幸せや繁栄を祈り、お祝いの気持ちを伝える日本の美しい古語であり、温故知新のファッションからは、行きつ戻りつ進む時代の折りに希望を感じる今日この頃である。


東園基昭 拝


ブログに戻る