
《タイトル》
「花の先駆け(はなのさきがけ)」
《サイズ》
サムホールサイズ(227×158 mm)
《作品内容》
フライフィッシングのルアーのシルエットに、「香」の字と波、梅の木紋様
第十ニ回目
『傾くヘッドライト』
2月20日は「歌舞伎の日」だそうである。
「かぶき」の由来は、「傾く(かたむく)」の古語にあたる「傾く(かぶく)」より、派手な衣装や一風変わった異形を好んだり、常軌を逸脱した行動に走ることを指した語で、特にそうした者たちのことを「傾奇者(かぶきもの)」とも言った。
それと並んでオシャレを表現する近い言葉に「伊達男(だておとこ)」や「伊達者(だてもの)」があり、こちらは「よく目立つ、しゃれた身なりの人で、粋でおしゃれな男性」ということになる。
伊達政宗は「傾奇(かぶき)者」「伊達者」という言葉に象徴されるように、数々の文芸にも秀でていたことが知られており優れた美的感覚の持主であった。
「宗久(むねひさ)」と銘打たれた「三日月の兜」で知られるように、華やかな装いでカリスマ性を発揮した戦国時代屈指のトレンドセッターである政宗の美意識を支えたものとは何だったのだろうか。
伊達家では、和歌、連歌、茶、書、能楽などが必須で伝統的に豊かな文化的な背景があった。
絵画にも強い関心を持っており、それらからは禅に基づく独特の世界観が享受された。
政宗は伝統的な文化を尊重しながらも、織田信長や豊臣秀吉が活躍した安土・桃山の絢爛豪華な文化を受け入れている。それは上述のような日本古来の美に止まらず、当時の隆盛を極めたポルトガル人やスペイン人といった西洋の最先端である南蛮文化も摂取したものであった。
また同時代を生きた秀吉は、派手好きでは政宗に勝るほどだったので、その影響も受けたに違いない。
独特の美的センスは、伝統的な教養を背景にした美意識に基づきながら、安土・桃山文化の斬新な美的感覚を取り入れ、それらを独自にアレンジすることによって形成されたのである。
この頃に比べると今はもっと沢山の情報が行き来し、最先端や人気といったベクトルも星の数ほどあるが、日本には様々な要素を上書きせずに蓄積し、アレンジしてまた次へ繋げる独特の感性があり、これが先々の強みに感じる。
「曇りなき 心の月を 先立てて 浮世の闇を 照らしてぞ行く」
(伊達政宗)
迷いのない、澄み切った心(心の月)を先頭に掲げて、苦難の多い世の中(浮世の闇)を、光で照らしながら進んでいこう。
爛漫の春近しと新しくアレンジされたラフォーレ原宿の1階のGR8にも「かぶきもの」を求めて行ってみたく思う。
東園基昭 拝