【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.1.29.】

【東園基昭の「一粒万倍日記」2026.1.29.】



《タイトル》
「雪うさぎ(ゆきうさぎ)」

《サイズ》
F0号(180 × 140mm)

《作品内容》
ウサギのシルエットに雪紋様。

 

第九回目
『ホッとひといき整えて』

 スープの起源は、先史時代に調理用の土鍋が発明された時点にまで遡る。
 古来より栄養価以外に加えて、鎮静と癒やしの効果があると考えられてきた。
 元来フランスではスープ類をポタージュといい、澄んだスープと濃度のある濁ったスープに大別するが、一般的には濃厚なスープをポタージュ、清澄なスープをコンソメと呼んでいて、コンソメには「完成された」という意味があるそうだ。
 また、体調を「回復させる(restaurer)」料理として富裕層を対象にした「レストラン」と呼ばれる濃いコンソメを使ったスープ料理を商う店が現れ始め、それが後の飲食業としてのレストランの起源となった。
 今日でも、病気の回復期には、口当たりが良い栄養価のある食事としてスープや粥が用いられる。 野菜が豊富なスープは身体を温め、一日により多くの栄養素を摂取するのを助けることができる。多くのスープはカロリーが低く、特に滑らかなスープを食べた人は、しっかりした食事を摂った人よりも、実際に長い間満腹感を感じるとされてる。

 日本では平安時代に「味噌」の文字が初めて文献上に現れ、その後、鎌倉時代に入って中国大陸からすり鉢がもたらされると、粒味噌をすり潰して水に溶かして用いる味噌汁という調理法が実践されるようになった。
 味噌汁のことを古くからの丁寧な表現で「御御御付(おみおつけ)」といい、室町時代の宮中に仕える女性たちが使った言葉に由来していて、味噌を指す「おみ(御味)」と、食事の汁物を指す「おつけ(御汁)」が組み合わさった上品で優しい響きの言葉である。
 江戸時代以降は日本人の食卓に欠かせないものになり、味噌屋の売上も大幅に増加した。
 現代では1974年(昭和49年)に、インスタント味噌汁が発売されたが、当初味噌の製造会社は味噌は発酵食品のため「生きた食材」としてのプライドがあり、フリーズドライにすることに抵抗があったそうだ。
 味噌は「醤(ひしお)」をルーツにもつ調味料で、醤に油を足すと「醤油」となるが、しょうゆは「正油」とも表記される。
 これは醤が常用漢字でないために、語音から「正」が代用された俗字である。
 不思議と正しいにもいろいろあることも面白く窺え、「風が吹けば桶屋が儲かる」と験を担いでどんなスープにするか迷ってしまう。


東園基昭


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